最終更新 2020年2月16日

極薙刀の手紙をまとめています。
手紙は、極修行に出たキャラが出します。
読み終わった手紙は、「刀帳」→「極になる前(特)のキャラ」の所でまた読む事ができます。
岩融・極
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| 岩融 |
| 手紙1 |
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| 主へ がはははは! 修行とは良いものだな!僧のかたちを取った以上、厳しい環境に身をおいて鍛錬を行うという行為が実に馴染む!それに、ここで修行に励んでいれば、じきに待ち人が来るという寸法よ。うむ、待ち人とは誰か気になるだろうな。隠すことでもない。ここを、逃避行の途中の源義経一行が通るのだ。そしてそこには、元主の武蔵坊弁慶もいるというわけだ。 |
| 手紙2 |
| 主へ 弁慶の最期を見届けた。逃避行の間、主君を守り、助け、最期にはその自害を守って立ち往生する。まさにあっぱれ。その在りよう、後世まで語り継がれるに値するものだ。……さて、問題が一つある。弁慶は薙刀を所持し、それを振るって奮闘した。だがな、それは俺ではなかったのだ。これがどういうことか、わかるか。 |
| 手紙3 |
| 主へ この旅で、わかったことがある。俺は、正しい歴史では存在していない。薄々感づいていたことではある。むしろ違和感が解消されてすっきりしたくらいだ。この戦いのあと、俺がどうなるかはわからん。だが歴史上に実在していたところで、弁慶とともに消えていたはずの運命。ならば今代の主のため、命尽きるまで戦うのもよかろう。 |
巴形薙刀・極
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| 巴形薙刀 |
| 手紙1 |
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| 主へ 俺は力不足を感じ、修行へ出た。ここまではよかった。だが、問題はどこへ行けばよいか皆目見当がつかぬということだ。我ら刀剣男士の修行先が、各々に縁のある地であることは主も気づいているのではないか。だが裏を返せば、縁を結ぶ逸話を持たぬ俺は、どこにも行くことができぬ。では、俺はこれ以上強くなれぬのであろうか。……まだ時間はある。答えを探してみようと思う。 |
| 手紙2 |
| 主へ 俺の行き先だが、まだ答えは出ておらぬ。名の由来を辿ることも検討したが、それでは駄目だ。所詮、その薙刀は俺そのものではない。己ではないものを己の本体であると定義すれば、俺は俺でなくなってしまう。それは、歴史を改変するということと同じだ。俺の修行。即ち俺の物語を見つめ直すには、どこへ行けば。 |
| 手紙3 |
| 主へ 結局これといった答えが出ぬまま、様々な時代を彷徨ってしまった。あらゆる時、あらゆるところに、俺のもととなった名もなき薙刀があった。歴史に大きく名を残すことがなかった人々が扱っていた、逸話なき薙刀たち。無数の薙刀が溶け合った結果、個々の元主たちへの感情は茫洋(ぼうよう)としている。だが、決してその想いは、無視してはならぬものであるという直感はある。今代の主のもので歴史を守れば、無名の元主たちへ恩を返したことになるだろうか。主よ。歴史を守る審神者よ。確固たる俺の物語は、主のもとでしか綴られぬ。本丸に帰った俺を振るい、歴史の守り手としての物語を綴ってくれ。 |
静形薙刀・極
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| 静形薙刀 |
| 手紙1 |
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| 主へ 俺には修行が必要だった。これはわかるな?戦力不足を補うために励起されたのが、俺や巴形のような、固有の逸話を持たぬ付喪神だ。その俺が弱くては、存在意義に関わるというわけだ。だが、いざ修行に出て、俺は壁にぶち当たってしまった。過去を持たぬ俺は、過去の縁を辿ることで己の存在を高めるということができぬ。だが、アレは俺に、もっと強くなれると告げた。これはどういった謎掛けなのだろうな? |
| 手紙2 |
| 主へ 複数の刀を、物語ある名のもとに習合した付喪神がいる。本体が失われ、逸話から顕現した付喪神もいる。だが俺はそのいずれとも違う。これといった逸話を持たぬ、出自もばらばらな薙刀を、形状だけでまとめて足りないところを秘術で補った付喪神だ。そして俺ーー静形は実戦用であったが故に、歴史とともに姿を消していった。より使いやすい槍に負け、鉄砲に負け……というわけだ。そんな俺の存在を、どうやって高めるというのだろう。 |
| 手紙3 |
| 主へ ようやくひらめいた。俺は難しいことを考えすぎていたのだ。そういったことは巴形にでもやらせておけばよかったのだ。俺には過去がない。だからこそ主の本丸で、俺自身の記憶を作ってきた。そして、時間遡行軍との戦いでは槍に負けぬよう戦ってきたのだ。ならば、主の本丸でこそ、俺の存在は高まっていくわけだ。この旅は、その事実に気づくためのものだった。主、俺は胸を張って帰るぞ! |
